世田谷新聞掲載 エッセイ集No.01

                         (平成14年10月10日

          [もう一つの悪の枢軸国

                      松尾征治


 小泉首相の北朝鮮での金正日総書記との会談と日本人拉致問題、米国の対イラク軍事行動示唆等、最近では北朝鮮とイラク関係の報道が際立って多くなっている。
そのためブッシュ大統領から北朝鮮、イラクと共に悪の枢軸と非難されているイランについての報道は、その他のニュース扱いで、片隅に追いやられた感がある。しかし、ここで敢えてイランに的を絞り、メデイァの報道の在り方を考えてみたい。

79年のイラン革命は、パハラビー王制の否定から始ったものであり、その王制をサポートしていた米国の否定に繋がっている。分かり易く言えば、日本の明治維新の時の尊皇攘夷の様なものだ。尊皇攘夷の皇にあたるものは、故ホメイニー師を中心とするイスラム保守体制であり、夷は勿論米国のことである。

この様に、イランイスラム共和国建国の経緯が経緯だけに、その憲法も王制時代のものと違い、非常にユニークなものとなっている。憲法の中で、米国に関わる個所をあげると、第10章の152条に「共和国の外交政策は、いかなる形の支配及び被支配体制も認めず、全面的な独立と領土の保全を維持し、全イスラム教徒の権利を守り、支配大国との同盟関係を排除し、且つ非交戦国との相互の平和関係を保持することに基礎を置くものとする」と規定している。

ここでいう支配大国とは米国のことだ。 更に同じ章の154条では「世界のいかなる地域においても、被抑圧者の暴虐者に対する権利闘争を支援するものとする」とある。
中東和平問題では、イランはパレスチナを支援する側に立っているが、ここでいう暴虐者とは、イスラエルのみならず米国を指しているのは論を待たないところだ。 従い、イラン経済立て直しの為、米国との関係改善を図りたくとも、イランのイスラム保守派にとっては、革命の理念、国是からして関係改善は天に唾することと同義語であり、大きなジレンマになっていることを理解する必要がある。
しかし、その様なイラン側の視点でとらえた論評は殆どなく、イラン関連といえば、その多くは米国発のニュースに偏向しているのが実状だ。
2年間のテヘラン大学留学を含め、38年にわたる商社マン人生で、その13年間をイランで生活した者にとって、敵対国である米国により恣意的に作り上げられ、メデイァで繰り返し報道されるイランの悪のイメージには、決して馴染めるものではない。あくせく働くどこかの国と違い、自らの国を「バラとウグイスの国」 と呼び、国全体で今なお時間がゆったりと流れ、ロマンの溢れる空間が、その文化と共にすっかり抜け落ちていると思うのは、自分だけであろうか。メデイァの偏向報道が、残念に思えてならない今日この頃である。