世田谷新聞掲載 エッセイ集No.04

                         (平成15年01月23日

                  したたかに生きる中東の女性達]

                             松尾征治

米軍のイラク攻撃開始のX−デイが巷間話題になっている。しかし、飛行禁止空域での米英軍による空爆は断続的ではあるが湾岸戦争(90年8月―91年2月)が終って12年近く経つ現在でも続いており、イラク国民にとってはイラン・イラク戦争(80年9月―88年8月)の時から過去20年以上ずっと戦争状態にある。

この地域での戦乱と混乱は何も近年になって始ったものではない。旧くは紀元前の時代に迄さかのぼるが、マホメット以降の時代でも主だったところだけでペルシャ軍、アラブ軍、十字軍、モンゴル軍、トルコ軍、アフガン軍など侵略と征服のくり返しの歴史で、それらの戦乱や混乱を通じ庶民は自分の財産は自分で守る必要があることを先祖代々、何代にもわたり体験し学んできた。

戦乱の世では、男性達は戦場に駆り出され、銃後で泣き、犠牲になるのは、いつの時代でも貧しく、か弱い女性達である。彼女らは自らを守る為有り金をはたいては、18金製の金の腕輪を買い、腕に巻きつけ戦乱の世を生き延びてきている。こうすれば、落とすこともないし盗まれる心配も無用であるし、いつでも着の身着のままで逃げることが出来るとの生活の知恵である。金(かね)が要る場合にはスーク(バザール)へ行けばグラム幾らで何時でも買い取ってくれるので最も便利で且つ最も安全な蓄財法であったのであろう。こんな蓄財法が現在でも受け継がれている。

イランの我が家で働いていたアジーズも、失業中の夫をかかえた、そんな貧しくも、したたかな女性達の一人だ。彼女に給金を払った後は金の腕輪が肘近くまで多くなるが、給金前に彼女の子供が病気にでもなろうものなら腕輪が手首近くまで減って行くので彼女の懐具合は一目瞭然だった。ある時、私は彼女にそんな腕輪の売買などしないで、近くの銀行に預金をしておく方が利子も付くし、得だという事を説明し銀行預金を勧めたことがあったが、彼女の答えは私の予期に反し明快そのものの一語につきた。

銀行が倒産すればどうなるの? 銀行で自分が預けた金額より少ない額を通帳に打ち込まれたらどうするの?自分は字の読み書きが出来ないから銀行が自分をだましても気がつかないし、それに通帳を失うことだってあるでしょう? それに比べると腕輪はいいわ。顔を洗う時でも、食事の時でも、寝ている時でも四六時中、身に付けている訳だから、こんな安心なことはないわ。折角の旦那さんの話だけど……自分はいやだと取りつく島も無かった。

彼女に言わせると自分以外は誰も信用出来ないし、特に、お上(政府)の言うこと、することはムチャクチャで、王制時代には近代化に逆行するからと言って街角でチャドール(女性の身体を蔽う黒衣)を警官にひんはがされ、革命でイスラム共和国になってからは、敬虔なイスラム教徒はチャドールやへジャーブ(スカーフ)を常にまとわねばならないと無理やり着させられ、その時々で言うことが違うのだから……となる。学校へ行ったことの無い彼女にしてこの理屈だ。

世の中がひっくり返ろうがどうなろうがアジーズの様に、したたかな中東の女性達は金の腕輪を増やしたり減らしたりしながら無事に生き延びていく筈である。

悪の枢軸と呼ばれようが、大量破壊兵器の問題があろうが、女性達とは関わりの無い世界のことであり「難しいことは分からないけれど戦争なんてもう厭だ。 いい加減にして欲しい。腕輪の数を減らす様な物騒な世の中になるのだけは願い下げ! 」そんな女性達の声が、ここ日本まで聞こえてきそうである。