世田谷新聞掲載 エッセイ集No.07

                         (平成15年03月20日

       [胡主席誕生に見る歴史上の大ロマン]

             松尾征治

 去る3月15日、中国の国会にあたる全国人民代表大会で新国家主席に胡錦涛(フーチンタオ)氏が選出された。私が注目したのは新国家主席の姓の胡である。物の本によれば、中国の姓名の命名法には外国名を姓としたものがあり、その出自を明白にしているという。他民族が中国に入った時、彼らの名は漢字となり、姓は国名の最初の一字を採っていることが多いらしい。例えば石国(タシケント・ウズベキスタン)の石姓、安息国(パルティア・イラン東北部)の安姓などがそうである。この説でいけば、胡錦涛氏の姓の胡から、その先祖の出自は胡国(サマルカンド・ウズベキスタン)である可能性がある。

 そもそも中国では、秦(前221−前206)代、漢(前206−220)代には西北の異民族匈奴のことを胡と称していたが、唐(618−907)代になってサマルカンド周辺を中心とした広く西域地方、中央アジア一帯に住んでいた異民族を総称して胡と呼ぶようになった。中国で最初の統一王朝を築き匈奴を討伐した秦の始皇帝にしても、その先祖の出自は西方の異民族であったとする説があるくらいであり、始皇帝の次の皇帝の名が胡亥であるというのも何かを暗示しているようで興味をひくところだ。

 勿論、中国以外の国や民族は、中華思想の下、すべて野蛮とみなされていたので、胡という呼称は一種の蔑称でもあった。このことは中国語および日本語の胡乱(中国語では“huluan”日本語では“うろん”)という単語が「いいかげん」とか「あやしい」という意味であることからも、胡が蔑称であることが解ろうというものだ。

 学校の歴史の時間に、シルクロードは漢の第五代皇帝武帝の命で西域に派遣された張騫(ちょうけん)が発見したと教えられたが、実際には張騫以前から東西交流があったようであり、胡人は民族が異なるという理由から、あやしい存在として侮られながらも胡椒(こしょう・原産地はインドの東部)、胡瓜(きゅうり・原産地はインドのヒマラヤ山系)、胡麻(ごま・原産地はアフリカ)等、それまで中国に無かったものを持ち込んだり、あるいは朝貢という形で中国の中枢部に深く入り込んだのであろう。利益を求めての新規市場開拓であったのだろうか。あるいは隣接した中国に対する好奇心によるところが大だった為であろうか。これら胡の商人のあとには胡弓(こきゅう・中国語では胡琴)を持った胡の楽人など様々な職をもった多くの胡人が続いたに違いない。

 尤も中国商人が中国の物産を携え西域に進出し、異民族の胡人をとりこんだのが先かもしれないし、あるいは異民族の胡人が中国の社会や文化に融合し、自らの文化や個性を埋没させてしまった方が先だったのかもしれない。シルクロードの歴史を考える時、その興味は止まるところがない。いずれにせよ、推測が正しいとするなら、その先祖の出自が中国にとっては異民族の国の胡国であろう胡錦涛氏が千年単位の時の経過の後、中国のトップに上りつめたのは歴史上の雄大なロマンであるとするのは私一人のたわ言にすぎないのだろうか。