世田谷新聞掲載 エッセイ集No.08
(平成15年04月03日)
[アラビアン・ナイトの舞台・・・・バグダッド炎上]
松尾征治
バグダッド。ペルシャ語では「神の与えたもうた(街)」との意味だ。3月20日、大方の予想通りというか、多くの人達の反戦の願いも空しくというか、米英軍の空爆が始り、そのバグダッドが巡航ミサイルの標的にされている。
子供達が「アリババと40人の盗賊」とか「アラジンと魔法のランプ」など奇想天外なアラビアン・ナイト(千夜一夜物語)の世界に胸躍らせ、初めて彼らに中東を意識させるのがその舞台となっているバグダッドだ。
アラビアン・ナイトは10世紀頃のペルシャ(イラン)の民話を中心にアラビア、エジプト、ギリシャなどの地方の伝説を寄せ集めたものと言われているが、それら子供向きの童話になっている部分は劇中劇のようなもので、全編を通じてはデカメロン、金瓶梅と共に世界の三大エロ物語の一つと呼ばれているのは知る人ぞ知るところだ。
私自身は隣国のイランとの関わりが深かった為イラクとは縁が薄く、イラン・イラク戦争が終った翌年の1989年に仕事でバグダッドに立ち寄ったのが初めてのことで、滞在したのも僅か5日間に過ぎない。
それでもチグリス川が流れ、なつめやしの木々に囲まれたバグダッドはアルボルズ山脈を背にチェナール(プラタナス)の並木に代表される美しいテヘランとはまた一味違う異国情緒たっぷりの街で、砂漠の多い中東の中にあってチグリスの流れにほっとしたものだ。
しかし、バグダッドで同僚から聞いたところでは、各種公団向け商売の話には必ず複数の人間が出てきて、お互いに監視しあっているとか、密告制度があり、その密告が国家にとり経済的に潤うものであれば、その10%相当分が報奨金として出されるとか、みやげ物を客先に贈ることは勿論、部下のイラク人社員と二人だけで食事することにも躊躇いがあるなど、バグダッドに住んでいると社会主義国家の不気味さが随所に垣間見られ、その生活は時に窒息するようなムードの中にあるとのことだった。
チグリス、ユーフラテスの両河川の流域は人類最古の文明発祥の地であるが、その地がイランとの戦争さらには湾岸戦争それに今回の米英軍による武力行使と続き、人類最新の兵器で蹂躪されているのはイラク国民にとって余りにも痛ましいことだ。
イラク情勢は日毎に深刻の度を加えており、米英両国の更なる動きと日本政府の対応にこれからも目がはなせない事態になっている。しかし、少なくともモスク(イスラム教寺院)の円屋根とミナーレット(尖塔)を眼下にして飛ぶのは巡航ミサイルより魔法のじゅうたんの方が神の与えたもうたこの古い都には良く似合うことだけは確かだ。戦争の早期終結とイラクの民主化さらにはアラビアン・ナイトの舞台にふさわしい夢の溢れる街への再生を祈るや切である。