世田谷新聞掲載 エッセイ集No.09

                         (平成15年04月24日

     [イスラム教シーア派とマホメットの末裔たち]

                        松尾征治

 連日にわたり新聞は一面トップで、そしてテレビは早朝から深夜まで米英両軍のイラクでの戦況を報じていたが、バグダッドの陥落により、最近では終戦時期さらには戦後復興をめぐるニュースが多くなってきている。メデイアはイラク北部はクルド人地域、中央で政権を掌握していたのはスンニー派、人口の六割以上を占める南部がシーア派であると説明してくれてはいたが、日本人にとってイラクは遠い国であり、その宗教のイスラム教ましてやその宗派ともなると、さらに解りづらい筈だ。

シーア派とは預言者マホメットの没後、その教主(イマーム)としての権威はマホメットの従兄弟で娘婿のアリーとその子孫に継がれるべきであると主張するイスラム教の分派であり、正統派のスンニー派に対し少数派である。イラクの隣国イランは多くのイスラム教国の中でシーア派イスラム教を国教とする唯一の国だ。

  坊さん達は僧衣を纏い、頭には黒いターバンか白いターバンをつけている。黒いターバンをつけている坊さんは預言者マホメットの血筋に連なる者を表し、セイエッドとの尊称で呼ばれている。かの有名な故ホメイニー師や、最高指導者のハメネイ師、大統領のハタミ師がつけているのは黒いターバンであり、前大統領(現体制利益判別評議会議長)のラフサンジャーニー師のつけているターバンは白だ。

 私のイラン勤務時代秘書をしてくれていた女性ソヘイラも、その父方の祖先がマホメットに行きつくというそんなセイエッドの一人であった。彼らの世界では例えば身体の調子が悪い時などセイエッドに患部に手を当てて貰えば直ると言われており、ソヘイラもそれらの施しを時にオフイスで行い、ある種の尊敬をイラン人の同僚から受けていたようである。もっとも「肩凝りの私にも施しを」と彼女に頼んだところ「異教徒のあなたには全く効目がなく、セイエッドの力は通じない」と微笑って断られたことがある。

アラブ人ではないイラン人のセイエッドと言われる人達が何故アラブ人のマホメットの末裔になるのか不思議な気がしていたが「サーサーン朝ペルシャ(226−651)最後の王であったヤズドギャルド三世の娘シャフル・バーヌーが三代目イマーム・フセインの妻の一人で、四代目イマーム・アルアーヴィデイーンの生母であった」とするシーア派イスラム教徒の間で語り継がれてきた伝承がその根拠になっている。千数百年にわたり脈々と続いているこの伝承からイラン人の故ホメイニー師を初めとする高僧やソヘイラがマホメットの末裔であってもおかしくないことは理解できた。

さて、バグダッド陥落前にテレビでナジャフさらにはカルバラ近郊での戦闘を映しだしていたが、いずれの地もシーア派の人達にとっては聖地だ。その聖地周辺が「サダム・フセインの圧政からの解放」との名の下に米英両軍の攻撃で荒らされ、シーア派の人達が怒りと困惑の表情を浮かべ固唾を飲んで見ていたであろうと容易に想像できる。

メデイアは「フセイン政権崩壊で無政府状態となり各地で略奪が横行している」と報じているが、シーア派、スンニー派といった宗派更には宗教間の垣根を越え、世界の多くの人々が祈るような気持ちでイラクの状況を見つめていることを戦争当事国の米英両国は忘れてはなるまい。