世田谷新聞掲載 エッセイ集No.10
(平成15年05月15日)
[自由に泳げぬ鯉のぼり]
松尾征治
サダム・フセイン政権崩壊後、秘密警察組織や密告制度が多くのイラク国民により語られ、その実態が明らかにされている。秘密警察といえば、隣国のイランでも革命(1979年)前の王政時代にはSAVAKと呼ばれる組織があり、人々はSAVAKと聞くだけで、その心胆を凍らせたものだ。話題が政治にからむ微妙な内容になりかけると「壁にはネズミ、ネズミには耳あり」(「壁に耳あり、障子に目あり」に相当するペルシャ語の表現)として、それ以上の議論を避け、話題を変えるのが常だった。その様な時でも特に息苦しさを感じたことは無かった私だがSAVAKの恐ろしさを味わったことが一度だけある。
それは長男がテヘランで誕生し、妻の実家から送られてきた鯉のぼりにまつわる話だ。折角日本から送られてきた鯉のぼりをテヘランの空に泳がせ、近所のイラン人を驚かしてやりたいとの気持ちもあった。しかし、それには大きな竹竿がいるが、そんなものがテヘランで手に入る筈がない。どうしたものかと思案していたところ、仕事の関係で親しくしていたイラン国鉄の通信局長が「俺に任せておけ。庭に鯉のぼり用のポールを建ててあげよう」との申し出だ。早速数人の部下と一緒に通信用のアンテナの資材を我が家に持ち込み、最上部に滑車を付け、四方をワイヤーで支えた高さ12メートールのアンテナを庭先に建ててくれた。
雲一つない目もさめるようなペルシャン・ブルーの空に、大きな真鯉と緋鯉が吹き流しと共に突然泳ぎ出した。作業をしてくれた局長たちも暫く見とれている。道行く人達は驚いて立ち止まり、空を見上げ指差したり、「マーヒー(魚)が空を泳いでいる」と叫んだり、イラン人の反応が面白く、充分楽しめた。
ところがである。一週間ほど経った頃、いつもはニコニコしている大家がその日に限って恐い顔をして我が家にやって来た。「ジャポニー(日本人)が庭にアンテナを建て、何か秘密の通信をしている疑いがある。そのカムフラージュの為マーヒーを泳がせているのでは…」との話が、解っていると思うが、その筋からあったのでポールを撤去するか低くした方が良いと言うのだ。裁判官をしていた大家がトラブルに巻き込まれる前に気をきかせてSAVAKの話をにおわせ注意してくれたのか、本当にSAVAKからの話だったのか、今となっては真相は闇の中だ。
しかし、大家の話を私から聞くやいなや「そこまでは考えが及ばなかった。すまない」と仕事を打っ棄って部下と共にポールを低くする為我が家に飛んできた局長の青ざめ、ひきつった顔を見て、SAVAKが如何に人々の間で恐れられた存在であるかを改めて思い知ると同時に、その不気味さに身震いしたものである。
誰に何の気兼ねもせず、思ったことが出来、何でも喋れる日本。日本におれば、そんな有難味など忘れてしまっているが、鯉のぼりの季節がやってくる度にテヘランであったことが思い出され、日本での自由の有難さ、自由の尊さをかみしめている私である。