世田谷新聞掲載 エッセイ集No.11

                         (平成15年06月12日

              [ところ変われば・・・・・]

                 松尾征治


 海外に住んでみると、時々ふとしたことにおや?と思うことがある。何と言ったらよいのだろう。日本にいた時にはなかった戸惑い。違和感。そんな単語が思い浮かぶが、日本での常識が通用しないことも多く興味深い。

ペルシャ語。プシュト語。アラビア語。これらはかつて私が学んだ中東はイラン、アフガニスタン、アラブ諸国の言語である。いずれも速記文字のようなアラビア文字で右から左に横書きにする。慣れてしまえば何ということはないのだが、英語などの西欧の言語に慣れている日本人は右から左に書くことに戸惑いを覚え、奇異に感じるようである。しかし中東の人達にとっては当たり前のことであり、逆に西欧の言語は何故左から右に向かって書くのかとの疑問を持ってもおかしくない。

東京でゴミを漁り、ゴミを撒き散らすなど社会問題になっているカラスの色は真っ黒で、集団でいると不気味さすら覚える。それに対し、イランのカラスは可愛いらしい。黒いのは頭と羽と尾の部分で胴体はうすい灰色だ。黒いカラスしか知らない日本人には一見カラスとは思えないようである。日本からやって来た客がテヘランの我が家の庭でピョコピョコ歩いているカラスを見て、「ペンギンが歩いている」と間違って叫んだ程だ。これなど固定観念でカラスは黒いものだと決めつけているからであろう。

これから日本は梅雨に向かって雨が多くなる。毎日雨が続くと外出するのも億劫になり、何となく気が滅入る。梅雨時の日本では「また今日も雨か」と思うとチッと舌打ちしたくなる。しかし雨の少ないイランでは年中乾燥していて、埃っぽく「雨は神の恵みなり」との表現がペルシャ語にある通り、雨が降ると人間も植物もほっと生き返るようで雨が待ち遠しいものとなる。久しぶりに雨でも降ろうものなら「今日はいい天気だね」との挨拶がかわされる。イランに長く住んでいると雨が降ると本当に今日はいい天気だと思うようになるから不思議だ。

「クレオパトラの鼻がもう少し低かったら世界の歴史は違ったものになっていたであろう」と言われるように美女といえば鼻が高いのが世界の通り相場だと思っていた。しかし、イランの女性が鼻の整形手術を受けるのは高い鼻を低くする為だ。

ご飯のお焦げを客に出すことなど日本では考えられないことだが、イランでは「おいしいお焦げは先ず客人の口に」として客に饗されるのが常である。

これらのことから解るのは、常識だと思われていることの多くは飽くまでも自分の住んでいる小さな世界の中での知識や、自分の尺度あるいは自分の価値観によるものであり、外に出れば逆になったり全く通じないことが決して少なくないことを知らねばなるまい。

そういった意味で、強大な軍事力をバックに自国の価値観で自国流を世界に強要する超大国に大いなる危うさを感じてしまう。世界中どこに行っても変わらないのは人間の情だけである。