世田谷新聞掲載 エッセイ集No.16
(平成15年10月02日)
[タイガースとイランと悪女]
松尾征治
阪神タイガースが優勝した。この快挙に18年間待ち続けた多くのファンの喜びが爆発している。私も甲子園球場のすぐ近くに住んでいたこともあって半世紀以上にわたる虎キチの一人だ。思えば昨年までのタイガースはファンにとっては、まるで悪女そのものだった。悪女を愛して碌なことはないと思うのだが、その魅力に幻惑されズルズルと付き合いが続き、最後にはいつも期待を裏切られるのである。今回ようやくファンを幸せにしてくれたのだが、なんとそれまでに前の優勝から18年もかかってしまった。
そんな訳で私は前々からタイガース悪女説を唱える一方、イランについても常々イラン悪女説さらにはイラン関西人説を唱えてきている。その心はイランがタイガースと同様に思い通りにいかない国であるというだけではなく、いろんな面で関西人の心情や行動パターンと似ているからである。
イランのイスラム教シーア派は主流のスンニー派に対して反主流だ。これは関西の阪神タイガースが球界の盟主を勝手に任じている東京の読売巨人軍に対する図と全く同じである。関西人が東京の人間に対する鬱屈した気持ちとまでは言わないけれど、何となく反発したい気持ちと共通性がある。
関西では近所の人が出かけるのを見て「お出かけですか?」「どちらまで?」と声をかけると、声をかけられたほうも声をかけられたほうで「へえ、そこまで」。それに対し聞いたほうは「へえ、さよか」と殆んど意味のない会話が成り立つ不思議な世界である。一方イラン人も美辞麗句を並べ、何かといえば詩を口ずさむなど言葉の遊びを得意とする人たちで意味のない会話をする関西人のそれに一脈通じたところがある。
京都の人が口先だけで「ぶぶ漬け(お茶漬け)でも、どうどすえ?」と勧めるのはイランの人たち特有のタアーロフ(単なる社交辞令)そのものだし、商売上手のペルシャ商人は大阪商人と瓜二つだ。
ところで商社マンだった私にとってイランの悪女としての魅力はその市場性にある。石油、ガス、鉄鉱石、銅鉱石など天然資源の豊富なイランは世界でも有数の可能性の高い市場だ。その魅力ある市場の明日を信じ、私などイランへの出張を繰り返し、また彼の地に複数回の駐在もしてきた。ある時は革命後の社会が落ち着いたらとか、イラクとの戦争が終わったらとか、またある時は対米関係が修復し米国による経済封鎖が解除されたらとか、その時々で条件は違うのだが・・・・。最近ではイランの核疑惑が浮上し、今に至るも本当の意味での商機到来とならないのだ。期待を裏切り続けているところなぞ昨年までのタイガースとそっくりではないか。これが私流のイラン悪女説の所以である。
阪神タイガースの方は18年振りの優勝と巨人を上回るV10を目指すことから悪女説を返上する。しからばイランも核疑惑を一日も早く晴らし、タイガースにあやかり79年の革命前のイラン・ブームの再来と願いたいところなのだが・・・。