世田谷新聞掲載 エッセイ集No.18
(平成15年11月20日)
[謝り過ぎる日本人]
松尾征治
間違って皿やコップを割った時、謝るかどうかで、その国民性が解るという説がある。日本人の場合、殆どの人が自分の不注意に責任を感じ「落として割って、すみません」と謝るらしい。過ちを犯した時、日本人はいとも簡単に自分の非を認め、謝罪することを美徳としているようである。
私の居たイランでは「皿を落として割ってしまった」ではなく、どちらかと言えば「皿が落ちて割れた」という口である。誇り高きイラン人のことだ。できることなら自分の失敗を認めて謝りたくないのであろう。そんな最たる例がイランの新聞にも見られる。
最近では新聞の編集もコンピューターでやっているので、エラー表示が出てスペルの間違いは固有名詞を除けば先ずあり得ない。それでも関連写真の取り違え、数字の単位の取り間違い、日にちの間違いなど結構目につき、私などそんな間違いが気になって仕方がない人間である。イラン勤務時代、たまたまイラン人の女子社員の一人に「イランに住む外国人からみたイランの英字新聞に対する評価」なる論文で修士号を取った才媛がいたので間違いを見つける度に、間違いをテヘラン・タイムズやイラン・ニューズに彼女から指摘させていた。
彼女から新聞社に連絡すると「いつも間違いをご指摘いただきありがたい」と素直に間違いを認めるらしいが、訂正記事やお詫びの記事が翌日の新聞に掲載されたことは一度も無い。いや一度だけイラン・ニューズに訂正記事が出た。但し訂正記事のタイトルがOOOPS!とある。OOPSなら「おや!」「しまった!」「失礼!」といった驚き、うろたえ、軽い謝罪の時に発する声であり、OOOPSと母音字を三つ続けることにより、更に軽いノリにしているのであろう。彼女から編集長に電話を入れさせた。「訂正記事のタイトルがOOOPSとは如何にも軽い表現で、お詫びして訂正しますとの誠意が感じられない。それに訂正内容も間違った写真になったのはニュース配信元のIRNAが間違っていた為と、よその所為にしているが、そんなことで良いのか?」と。
私の取引先の一つにアメリカ最大の電機メーカーがあったが、同社では社内で石を投げれば弁護士に当たると言われるほど法律の専門家の多い会社である。そんな会社の顧問弁護士だから超一流の弁護士のはずだが、彼が言うには「アメリカでは自分の非を認めてアイ・ム・ソーリーなどと言おうものなら、直ぐにも訴訟を起こされかねないので、めったなことでは謝らないのが普通だ」そうである。
自分の非を認めず、謝罪をすれば損だと思っている人たちの方が、この世に多いということを知っておいた方が良さそうだ。しかし、間違ったことは間違ったとして潔く認め、謝罪する日本人の美しい心遣いはこれからも大事にして行きたいものである。