世田谷新聞掲載 エッセイ集No.19

                         (平成15年12月04日

           [社会のオーバーホール]

                                  松尾征治

 9・11事件以降、ここ二年ほどの間にアフガニスタンでタリバン政権が崩壊し、イラクではサダム・フセイン政権が転覆した。アフガニスタンでもイラクでも、今なお社会の混乱は続き、市民の生活は昔の平和な日々のそれに戻っていない。いずれも超大国アメリカとイギリスの手による戦争の結果であるが、これはアメリカのシナリオに基づくアメリカによる革命である。そんな中でアフガニスタンとイラクの両国に挟まれたイランでは1979年にイラン人自らの手でイラン・イスラム革命を成し遂げている。

そもそも革命とは何か? 天と地がひっくり返ることである。言いかえれば今まで善とされていたことでも、しばしば悪となり、悪とされていたことも時には許される世の中になることを革命と呼ぶ。新しい世の中に合わせ、法律や規則が変えられ、あらゆる部署で組織改革が行われ、組織のトップは時代にふさわしい人間に首がすげ替えられていく。ちょうど自動車のパーツが取り替えられていくように。従って、革命とは社会のオーバーホールとも言える。

イラン・イスラム革命のあとイラン・イラク戦争が勃発。テヘランでは混乱を極め、各地区のモスク(イスラム寺院)が中心になり食料の配給制度を実施、人々はクーポン券と引き換えに食料を得るべく長蛇の列をなしたものだ。また革命政権は革命の精神を徹底させるためテヘランの街のど真ん中にあるテヘラン大学のキャンパスに何万人もの市民を集め、金曜礼拝を執り行っている。このような革命後の状況をイラン人の友人は当時、久々にテヘランを訪れた私に、「フランスの新聞記者によるテヘラン市民へのインタビュー」と題するこんな小噺が今テヘランで流行っているのだと、皮肉っぽく説明してくれた。

  記者「生活物資はどこで手に入れるのですか?」

  市民「モスクです」

  記者「えっ!バザールではないのですか?モスクってお祈りする場所でしょう?」      

  市民「お祈りはテヘラン大学でしています」

  記者「大学でですって? 大学は教授が学生に学問を授けるところでしょう?」

  市民「教授や学生たちですか?前政権に近かった教授や学生たちはエーヴィン刑務所に入れられていますよ」

  記者「エーヴィン刑務所って政治犯の入っていた所でしょ?」

  市民「ああ、昔の政治犯ね?今では議員さんと呼ばれ、皆んな国会に行っています」

  小噺とはいえ、これが革命の一面である。それまでとは社会の価値観が丸っきり違ったものになってしまう。新聞で発表される大臣のプロフィールには何年から何年まで刑務所に収監されていたことが明記されるなど革命はそれまでの前科が男の勲章扱いされる世の中になることでもある。因みに、広辞苑によると革命とは「従来の被支配階級が支配階級から国家権力を奪い、社会組織を急激に変革すること」「天命をうけた有徳者が暴君に代わって天子となること」とある。アフガニスタンとイラクの場合、この広辞苑の定義とかなり違う状況ではあるが、有徳者が現れ一日も早く平和な国に戻って欲しいものである。